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I牧師のこと [ノンセクション]

 礼拝が始まる頃、見慣れない若い夫婦が会堂に入ってきた。そして、一番後ろの席でとても熱心に説教に耳を傾けている。どこかで見かけたような気がするのだが…。
 礼拝後、挨拶をする。奥様はこの教会の初代牧師の娘さんであった。会堂が新しくなったということもあり、訪ねてみたいと夏休みを利用して遠く兵庫から来てくださった。
 ご主人の方は、「初めまして…だったでしょうか?」と私が訪ねると「いや~実は以前にお会いしているんですよ。」との返事。やっぱり、でもどこで?と思いをめぐらせていると「Iです。」と名乗られた。「I君?」「ええ、実は今、兵庫で牧師をしています。ははははは。」
 そうだ、I君だ。確かに僕は会っている。大学生伝道をしていたときに。I君は山陰の大学に通う学生だった。僕が大学生伝道のスタッフになった年に彼は山陰の大学にいた。当時、その大学の聖書研究会には多くのメンバーがいたがノン・クリスチャンばかりであった。I君は本当なら卒業して私とすれ違うところだったのだが、なんと留年して在学していた。当時、I君は洗礼を受けたばかりであった。仕事を引き継いだとき、この大学はノン・クリスチャンばかりだけれど、留年したI君が洗礼を受けたので力になってくれると思うよと言い残された。私には、頼りのなるのはI君だけだった。
 ところが、I君は洗礼式の直後からパッタリ教会に来なくなってしまい。聖書研究会の助っ人としての計算は全く立たなくなってしまった。というより、大学に行っても、教会に行ってもI君には会えず、私にとっては、もはや想像上の人物でしかなくなっていた。 
 それから、5年くらい経ってからだろうか、もう少し経っていたかもしれない。その、山陰の地方大学の聖書研究会も幾多の困難を乗り超え、メンバーも増えて、中心的なクリスチャンのメンバーも定着した頃、「そういえば、Iさんが教会に戻って来たんですよ。」という話を聞いた。
 大学生達の集会を大学近くの教会で行なったときに、I君はそこにいた。何があって教会を離れたのか、そして何で戻ってきたのかは、未だに何も聞いていない。そのとき、彼は献身をしたいという願いを持っていて、教会献身者としてその準備をしているということだった。
 その後、何度か山陰の教会でI君に会った。それから神学校に入学したということを聞いたのがI君との最後の接点だった。
 そのI君が、今、牧師になって、しかも結婚して私の目の前に現われたのが不思議でならない。もちろんI牧師も不思議がっていた。「イギリスに行ったと聞いていましたが、なんで新潟におるんですか?」と目を丸くしていた。それについて話をすると何時間にも及ぶのでと、お互い、深い話をする時間はなかったけれど、不思議な再会だ。
 はっきり言って、学生時代の彼は、私にとって何の助けにもならなかった。というより激しく失望させてくれた。ひどい言い方をするなら使い物にならなかった。その彼が、牧師として、同労者として、今、同じ働きをしているなんて夢のようだ。神様はこんなことができて、こんなことをされるのかと思うと、あきれるくらい嬉しくて、なんだか、もう笑うしかない。
 きっと、これからもこんな出会いや再会があるはずだ。そして、また、きっとI牧師にも会えるはずだ。
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