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礼拝に来る人② [ひとりごと]

 礼拝にはいろいろな人が来るが、統合失調症、いわゆる精神分裂病で苦しんでいる人たちも少なくはない。教会は全ての人たちに開かれている。現実的にはそうではないかもしれないが、教会は全ての人たちに開かれていなければならない。
 しかし、私は、心のどこかで彼らを歓迎していない。もちろん、話は聞くが、つかみどころのない、支離滅裂な話をどのように受け答えればよいのか手を焼いている。メッセージの最中に質問をしてきたり、突然、立ち上がって出て行ったり、その対応に苦慮している。彼らが何をしに、何のために礼拝に来るのかわからないでいた。
 礼拝後、統合失調症に苦しんでいる人が口を開いた。
 「本当にメッセージが良くわかって嬉しい。礼拝に来ると調子が良くなることを自覚する。礼拝に出るとタバコの量が減る。」と。
 驚いた。そして、彼らを歓迎していない自分が恥ずかしかった。いつも、真剣に私の語るメッセージを聞いていたのだ。もちろん、病気のために集中できない時も多いだろう。でも、御言葉を求めているのだ。そして真の礼拝者であったのだ。
 教会も、私も、すべての人に開かれた存在でありたい。
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礼拝に来る人① [ひとりごと]

 地方都市の小さな教会の手伝いをするようになって二年近くになる。短い時間だったけれど、たくさんのことを知ることができたように思う。
 当然のことながら、礼拝は、毎週日曜日に行なわれる。クリスチャンであっても、礼拝を遵守するということは戦いであるが、礼拝に行きたいのに行くことが難しい人たちというのも少なくないということをこの二年間で学んだ。

 もちろん、家族の反対などで来る事ができない人もいる。

 強い反対ではないけれど、信者ではない夫の許可を毎週心配しながらやっとの思いで来る主婦の信者。

 パニック症候群のため、外出することすらままならないのに、みことばを求めて来る人。

 幻聴に悩まされながら、教会までも道のりを恐怖とストレスと戦いながら来る人。

 私には、その苦しさを想像しようとしても想像しきれない。私はそんな人たちに御言葉を語っている。私は、本当に重大な仕事を引き受けていたのだと、最近になってようやく気づくことができた。もちろん、礼拝は毎週行なわれる。しかし、一回、一回が命がけの礼拝者たちが私の目の前には確かにいるのだ。
 日曜日になれば、私はまた講壇に立つ。毎週、毎週、全力で、今できる最高のメッセージを語ること。それが私の使命なのだ。
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現代の預言者 [ひとりごと]

 伝道者は預言者的な役割を担っている。この預言者という言葉はちょっとムズカシイ。しばしば、予言者と区別される。「予」の場合は、未来のことを伝えるわけだが、ほぼマユツバ。予言者はほとんどは偽預言者である。「預」の場合は、未来のことを伝えることも含むが、神から預かった言葉を伝えることが生業である。
 この神から預かった言葉というのは、お告げのようなものと思われては困る。基本的に、神から預かった言葉というのは聖書66巻において完結している。数千年前に書かれた聖書の言葉を現代へのメッセージとして伝えるのが伝道者であり、その働きは預言者的である。
 預言者的というのは聖書的と言い換えることが可能かもしれない。毎週日曜日に教会の講壇で語られる説教は聖書的でなければならないし、それを語る説教者は現代の預言者のようだ。
 もちろん、講壇で語ることは預言者的な役割であると思うが、私が、最も伝道者が預言者的だと感じるのは、かつて、イスラエルの預言者たちが、自分の命を顧みず、神の意思から離れている王達に怯むことなく、愛を持って、その過ちを指摘し、悔い改めを促していったように、今日、どんな相手でも、どんな状況でも聖書的であることを愛と痛みを覚えながら、伝えようとすることだ。

 12歳の夏休みに出会った友人は、今、マスコミも注目するような、非常に大きな問題と正面から向き合っている。実は、向き合う相手は問題そのものは当然のことながら、この問題を生み出してしまった日本的キリスト教文化(?)と言って良いのかわからないが、もう、つかみどころのないような強大な相手でもある。そして、私自身もその文化の中に数十年もどっぷり浸かっている。
 具体的なことを書いていないので、何を言いたいのか、さっぱりわからないと思うが、私はその巨大な問題と対峙している古い友人を誇りに思う。彼は、現代の預言者だ。

 地方都市の小さな教会の手伝いをするようになって2年近くになるが、小さな教会なのに、問題は絶えず発生する。一番、エネルギーを使うのは、聖書的ではないことを決断し、それを実行することを伝えに来た人と向き合うことだ。相手はもう、答えを決めている。私が「わかりました。」ということを待っている。そうしたならば、とりあえず、その人とは良い関係でいられるだろう。話のわかる人で良かったと気に入ってもらえるかもしれない。そう思ってもらいたい誘惑もある。今回は見逃してあげて、次からはきちんと説明すれば、今回よりも伝わるかもしれないと思ったりもする。
 でも、聖書の預言者は誰もそんなことはしない。だから、私も、嫌われても、嫌がられても、恨まれても、聖書が言っていることを伝えなければならない。愛を持って。
 この小さな教会で発生する問題と、友人が対峙している問題は深刻さが違う。しかし、本質的なことは同じことだと思う。だから、友人と同じように、私も聖書的であることを絶対にあきらめないで伝える。私も、小さな現代の預言者なのだから。
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未来は霧の中に [ひとりごと]

 せっかく蔵王に行ったのに山頂は濃霧のためお釜を望むことができなかった。シルバーウィークということで、山頂の駐車場も渋滞し、車を停めるのにも苦労したのにがっかり。でも、見れなかったということが忘れられない思い出になるかもしれない。
霧の蔵王.jpg

 初めて雲の中に入った息子は大はしゃぎだが、写真を撮ると山に現われた子どもの幽霊のようだ。

 話は変わるが、霧に包まれるとユーミンの昔の歌を思い出す。

 東京のまちはオリンピックひかえ
 まるで絵のように時が過ぎた
 私は9つ 覚えているのは
 まだ 未来が霧の中

 今の東京のまちがオリンピックを控えているのかは微妙。この歌のユーミンは、9歳だったり13歳だったりするが、40にになった私の未来も霧の中のような感じ。
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嫌な気持ちじゃない [ひとりごと]

 トリビュートアルバムとか、カバーアルバムとか、いつの間にかマーケットとして成立しているようだ。僕も好きなアーティストのトリビュートアルバムを買ってしまったクチだ。この手の企画は、特にファンの間からの評価が厳しいようだ。「あのアーティストにはカバーしてもらいたくなかった」とか「全く、原曲を理解していない」とか、なかなか認めてもらえない。ファンは思い入れが強いから、きっとどんなに上手に、また新しい解釈で演奏しても絶対にオリジナルは超えらないのだろう。その気持ちはわからないでもない。アーティスト本人はどう思っているのだろう?
 ひょんなことから、大型動画サイトに、僕が若いときに作った曲がアップされているのを見つけてしまった。僕は昔から作曲家に憧れていて、ちょこちょこ、シロウトのお遊び程度ながら曲を作ったりしていた。20年くらい前に書いた曲が、ちょっとだけ、何人かの人に気に入ってもらえたのだが、別にCDになったわけでもなく、歌集に掲載されたわけでもなかった。その曲を会った事もない人が、僕のパソコンの中で歌っているのを見るのは、不思議な気持ちだった。
 一緒に見て驚いた家族は「こんな曲じゃないよね。」などと言っていた。確かに、私が作ったものとは、アレンジもリズムも変わっていて、違和感がないわけではないが、嫌な気持ちではない。僕と一流のアーティストを比べるのはおこがましいが、きっとカバーされるアーティスト達は嬉しいんじゃないかな。僕は嬉しかった。少なくても、パソコンの画面で出会った人たちは、僕が書いた曲を気に入ってくれたと思うので、そんな曲を一つでも作ることができて、それは良かったなと思う。
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営業マンの手の中には… [ひとりごと]

 午後から、違う部署の営業マンと合同営業を命じられた。良く知らない人と仕事をするというのは、それなりの緊張感がある。どうも、自分以外の営業マンは、とても仕事ができるように見えてしまい気おくれしたりするのだ。
 一件はアポ無しで行ったのだが、たまたま常務の時間が空いていて商談に応じてくれることになり、応接室で待たされた。ここは、地元ではかなりの優良企業なので本格的な取引ができればかなり大きい。一緒に訪問した営業マンは、待たされている間、おもむろに財布から小袋のようなものを取り出し、商談中、それをずっと握りしめていた。なんだか、とても気になったので、こっそり探ってみたが、それは「仕事守」と刺繍されたお守りだった。
 私はクリスチャンだからお守りなんて持ってない。仕事について全く祈らないわけではないが、あまり、仕事が取れるように祈ったり、取れたことを感謝したりしない。これは反省しなくてはならないのだ。しかし、ようするに、そんなに必死ではないのだ。必死に営業の仕事なんてしたくないし。
 でも、同行した彼は必死なんだな。すごいプレッシャーを感じながら働いているわけだ。私やもちろん、先方にはそんなそぶりは見せないけれど。なんだかちょっと考えされたれた一日だった。
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産まれた場所 [ひとりごと]

 私が生まれた町は、今住んでいる町からはそれほど遠くはない。しかし、生まれた町を訪ねる機会はほとんどなくなってしまった。はっきり言って、取り残されたようなさえない町なのだ。そのため、その町に行くような用事もほとんどない。今日は、突然、思い立ってその町まで来て見た。
 私は、生まれた町が大好きだった。もちろん、今でも好きだけれど。今でこそ、生まれた街に比較的近い場所で暮らしているが、転勤族の家庭に育った私には、はるか遠い、憧れの、聖地のような存在だった。夏休みに数日間過ごす、この町の風景は少年の頃の私には全てが輝いていた。
病院.jpg
 
私が産まれた病院。建物はたぶんそのときのまま。

 しかし、大人になり、子どものころと違う見方が出来るようになってしまうと、あんなに輝いていたこの町は、旧態依然のやっかいな田舎町という側面の方が目に付くようになってしまった。
 今日は、私が生まれた病院を見に行ってみた。古い、田舎の総合病院は存続の危機という噂も聞く。私が生まれたときから立て直されてはない。ここで自分が生まれたということはとても不思議な感じだけれど。
 かつては、輝いて見えたこの町の今の姿と、ここに立っている自分が重なるような悲しい気持ちになってしまった。
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考えたことのなかった老後 [ひとりごと]

 老後のことなんて、そんなに考えたことはないけれどぼんやりと考えてみたりはする。とりあえず、妻と一緒に何をするかということを無意識のうちに前提にしているけれど。
 職場にアルバイトで来ているYさんの奥さんが亡くなった。Yさんは今月60歳になる。奥様は58歳だった。去年から体調不良を訴えていたが、正月に意識を失って病院に運ばれた。当初、2週間くらいの入院と話してたが、一ヵ月後の今日、帰らぬ人となった。
 Yさんは、なかなかの愛妻家でこれまでも休みを取っては奥さんと旅行に出かけていた。きっと、奥さんと一緒に過ごす老後にたくさんの楽しい計画を持っていたに違いない。しかし、Yさんは長年連れ添ったパートナーのいない老後を迎えることになる。
 考えたこともなかったが、私にもそういう60歳が来るかもしれない。可能性はゼロではないということだ。60歳なんてきっと、すぐだ。二十歳から今日までだってあっという間だった。
 まだ、Yさんに伝える言葉が見つからない。たぶん「大変でしたね。」なんてありきたりな言葉を交わして、いつものように仕事に入っていくのかもしれないけれど。
 今まで考えたこともなかったことを、急に考えることになった一日だった。
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穏やかな陽射し [ひとりごと]

 日が短いせいもあるけれど、気がつくと夕方になっている。今日は、魚沼の山奥の方まで仕事で行かなくてはならなかった。さすがに、こっちに来ると50センチ以上の積雪があり、スキー場は賑わっていた。
 珍しく、天気が良かったのサービスエリアで休憩。雪山が良く見えて綺麗だったので写真を撮ろうと思ったけれど、優しい冬の陽射しがまぶしくて、何気ない風景がとても綺麗に見えたのでそっちをカメラに収めてみた。
日差し.jpg
 
 不況の最中、仕事があるだけでも感謝しなければならないのだろうけれど、最近は、自分の仕事にあまり意味を見出せず、モチベーションは下がりっぱなしだ。いつまでも、今の仕事を続ける気はないし、そんな数年後も想像できない。色々と考えてはいるけれど、考えていてもそんなに楽しい気持ちにはならない。今日みたいに天気が良くて、何気ない景色が綺麗だと、気がまぎれる。
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カクエイ [ひとりごと]

 新幹線の浦佐駅の正面に田中角栄の銅像が立っている。まるでフセインや金正日さながらだ。そもそも、浦佐という小さな町に新幹線の駅があることが信じられない。在来線の時は特急の「とき」はおろか、急行の「さど」でさえも通過していたような駅なのに。あやしい、政治のニオイがぷんぷんする。
 
角栄像.jpg

この銅像はアリエナイ

 新潟でビジネスをしているのカクエイの権力は避けて通れない事実もある。ロッキード事件で有罪になったにもかかわらず、選挙で当選させてしまう新潟人を私は愚かだと思っている。あの時は、対抗馬が野坂昭如だったというのも微妙な感じだが、もちろん、当時、私は選挙権もなく、新潟にも住んでいなかった。
 あの事件のことを新潟の人はどんなふうに受けとめているのだろうか?と気になっている。この前、職場の人にそれとなく聞いてみたら「角栄さんはだまされたんだな。人がいいから。だって、お金に困っていない人なんだから、賄賂なんてもらう必要がないでしょう。」と説明された。これが新潟の人の総意だとは思わないけれど、こんな風に考えている人も少なくはないんだろうな。大きなため息がでてしまう。
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